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F1データネットニュース

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イタリア・ムジェロテスト1日目
イタリア・ムジェロサーキットでは、キミ・ライコネンが新車F60をデビューさせた。
54周してベストタイムは1分34秒430だった。
フェラーリは他のチームと合同でテストするのを拒み、単独で手の内を見せないようにしているようだ。

1  K・ライコネン   フェラーリ    01:34.430  54 周
 
ベルガー、F1の危機は自業自得
トロロッソのチームオーナーでその運営を去ることになったゲルハルト・ベルガー氏だが、金融危機から始まったF1を取り巻いている危機についてコメントした。
「F1で起こっている経済危機は世界恐慌から始まったと言っているが、そういうわけではない。F1自体が招いたと言っていいだろう。
今のように巨額な資金を投入していれば、破綻することは目に見えている。
つまりF1は自業自得でこの結果を招いたわけだ。
これを打破するには、バーニー・エクレストンの腕しか頼るところがない。」
レッドブルの新車開発は遅れているようで、トロロッソについては開幕戦にぶっつけ本番となるという噂も囁かれている。
リチャーズ、中東マネーに期待か
ホンダのF1撤退を受けて、その買収先としてプロドライブ社が噂されているが、同社代表のデビッド・リチャーズ氏が中東に出向いて資金獲得を交渉しているようだ。
同社は、WRCで活躍していたスバルのワークスチームの運営を任されていたが、突然のスバルのWRC撤退を受けて、仕事がなくなっている状態にある。
プロドライブはモータースポーツの運営こそ実績はあるが、自社で資金を回してF1やWRCを活動するほどの体力はない。
現在はスポンサー獲得のために中東に出向いているが、最近の金融危機と原油価格の下落で、中東も決して資金が潤っているわけではなく、交渉は難航するかもしれない。
メカクロームが民事再生法
ルノーエンジンをチューンナップしてF1エンジンを提供していたことがあるメカクローム社だが、カナダの本社とファクトリーがあるフランスの両方で民事再生法を申請したことが明らかとなった。
同社は1997年、ルノーがF1から撤退したのをきっかけに、ルノーエンジンをベースにしてフラビオ・ブリアトーレ氏がF1チームにエンジンを供給していた。
チームにつけるエンジンの名前は別名ブランドとして、スーパーテックやプレイライフといった名前をつけて色々なチームに供給してきた。
数年供給した後は、F1から撤退して、2005年からはGP2用のエンジンを開発し、ルノーエンジンのブランドでGP2に供給してきていた。
しかし収益は伸び悩んでいたようで、この度民事再生法の適用となった。
タタがフェラーリへ、レノボはマクラーレンへ
フェラーリは、2009年からインドの『タタ』とスポンサー契約を結んだことを明らかにした。就くことになったことを明らかにした。
両者が自動車メーカーということで、自動車メーカーが自動車メーカーのスポンサーとなるのはかつてない動きとなっている。
タタは過去にジョーダンやウィリアムズのスポンサーになったことがある。
一方、マクラーレンにはこれまでウィリアムズをスポンサードしてきた『レノボ』がスポンサーとして就くことが明らかとなった。
ウィリアムズはスポンサーの獲得に苦しんでいると言われ、ここで大手のレノボが離脱するということで台所事情は以前苦しいようだ。
プロストの息子、目標はフェラーリでF1
元F1チャンピオンのアラン・プロスト氏の息子であるニコラス・プロストは、欧州F3000のチャンピオンに輝いた。そしてニコラスは、いずれフェラーリでF1テストを行いたいと考えているようだ。
27歳となったニコラスは、イタリアのマジョネサーキットでその栄冠を手にした。
「自分は本当にこのチャンピオンシップに勝ちたかった。シーズンを通して非常に首尾一貫していたと思っている。自分の職務を全うできて、今は非常に満足している。」
ニコラスはレースを始めたのが遅く22歳だった。その後ルマンで活躍したり、フランスチームとしてA1GPに出場したりした。
「このタイトルが将来自分の役に立つと思っている。そして、フェラーリでテストをすることを願っている。
ただ27歳でシートを得るのは容易なことではないよ。」
と現実を見据えている。
父のアラン・プロスト氏は、1990年と1991年にフェラーリチームでF1に参戦していたが、チームとはあまり関係が良くなかった実績がある。
モントーヤ、F1復帰の予定なし
元F1ドライバーのファン・パブロ・モントーヤは、トロロッソからF1に戻ることをアプローチされていたが、その申し出は断ったようだ。
F1で通算7勝したモントーヤは、2006年のシーズン途中でマクラーレンチームを去って行った。
現在アメリカでNASCARシリーズに参戦しているが、モントーヤは「F1に戻ることにはまったく興味がない。」とコメントした。
「自分はアメリカでレースをしているのが幸せだ。正直いって、フォーミュラワンに戻ることは考えもしなかった。
たとえマクラーレンやフェラーリが自分を欲しがったとしても絶対に戻らないね。」
バリチェロ、2002年の秘密を暴露
2009年のシートが決まっていないルーベンス・バリチェロだが、ここへきてフェラーリに関する暴露話を話し始めた。
2002年にミハエル・シューマッハとタッグを組んでいたときに、シューマッハに順位を譲らなければクビにされろうになったという。
「2002年のオーストリアGPでトップを走っていたときに無線で、ミハエルが後ろきているが、チャンピオンシップで重要だ、と言われた。つまり譲れ、ということさ。やりとりは周回ごとに激しくなっていき、最後には自分の契約すら見直すと言ってきた。
僕にできることはもう決まっていた。譲るという以外になかったからね。
あとでミハエルにこの事を聞いたら、自分は関係ないと言っていた。でも彼が知っていたという証拠を自宅に持っているんだよ。」
バリチェロは2009年のシートが決まっていないことへのいら立ちでこのような発言をしているのかどうか定かではないが、バリチェロに対して同情するよりもイメージダウンとして逆にチームから誘いがなくなってしまうことが懸念されている。
ロッシ、「3年前に転向していればよいドライバーになっていた」
モトGPの2008年チャンピオンとなったヴァレンティーノ・ロッシは、3年前にF1に転向していれば、F1ドライバーとして良い成績を残せていたかもしれないと語っている。
ロッシは、イタリアのムジェロ・サーキットで、先日フェラーリF2008をテストドライブした。
ロッシは2005年と2006年にフェラーリでF1マシンをドライブし、F1転向もうわさされたが、結局はモトGPに残る選択をした。
「自分としては良いF1ドライバーになれていたと思う。チャンピオンになれたかどうかまでは分からないけど。でも可能性はあったと思う。」
ロッシは1分22.5秒の最速ラップを計測したが、同じサーキットではフェリペ・マッサとキミ・ライコネンは1分20秒台で走っていたため、わずか2秒落ちという結果となった。
2006年にF1に転向していれば、今は大活躍していたかもしれない。
ミハエル、バリチェロのコメントに反論
ルーベンス・バリチェロが、フェラーリに在籍していた際に、ミハエル・シューマッハとともにタッグを組んでいたが、世間に知られていないたくさんの出来事があったと語り、暴露本の出版すらにおわせる発言をした。
これを受けて、シューマッハは、バリチェロは速くなかっただけだと一蹴している。
バリチェロは「フェラーリで経験した半分も世間で知られていない。いつか本で明らかにする。」とコメントした。
バリチェロはフェラーリではシューマッハのサポート役として6年間を過ごした。
シューマッハはここで5回のチャンピオンとなった。一方のバリチェロはわずかに9勝に留まった。
シューマッハは、「契約で遅く走れなんて言えないだろう。速ければナンバーワンになるだろう。」と反論した。